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やっと、本音だね。 [健康]

最近の二つの記事を読んだまさぼんから「やっと本音を書けたね」と言われました。「人聞きの悪い。いつも本音だよ」と反論すると「一番吐き出したい部分は書かなかったよね」と。

そうかなぁ~?

だけど、冷静に考えてみたら、病気の事で吐き出してしまい事があっても「暗くなったら」「分かって・・・と押し付けに感じられてしまったら」と思うと、やはり書けていませんでした。

しかし。エステでの記事のアクセス数と「頑張れ・・・」の記事を読んでくださった方からの暖かいお言葉と質問。有難かったのと共に「私にも何か一つは出来ることがあるかもしれない」と気付きました。

治療の為に自分を変えていく事は未来に向かっても大切と考えてきましたが、それは「必要不可欠」な事でした。大切な事は「(ご家族を含め)同じ様に苦しんでいる人・悩んでいる人」の心に真夏の日の夕方の風の様に、一筋の風を送ることなのではないかと思いました。

この時が、(まだ完治はしていませんが)自分が病気をしてきた事の意義が分かった時でした。

 いい事ではないのでしょうが、質問をして下さった方に返事を書いている間はとても緊張したものの、自分でも「いつ以来だろう」と思えるほど集中し、良くなられる事を願っていました。

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振り返れば、たかちゃん先生に「命に関わる状態」と言われ衝撃を受けた私と、やっと病気なのだと納得した両親。更にうまく意思の疎通が出来ずに「治療に入る」心構えが出来るまでの数ヶ月。・・・そして既に13年目に入りました。

治療に入るのが遅かったなどとは思っていません。それぞれが必死になっていたのですから。しかし、自分の行動として後悔しているのは、入院を・・・と言われたのに、小娘の浅はかな考えから断った事です。そして長い間逆らったり・道を間違えたり・迷ったり・環境の変化があったり・・・要は受け入れられなくてもがいたのですね。

「やってみないと納得しない」所がある私は本当に先生を手こずらせたと思いますし、もがいた時期が長かったのも事実です。だけど、散々やってみたから「このまま先生の言葉を都合のいい様に解釈し・聞き入れずに逃げていたら治らない」と気が付いたから、去年から本腰を入れる覚悟が出来たのです。

正直に言って、去年からは本当に辛いです。自分と向き合って客観的に眺め、意識して変えるのですから。三つ子の魂百まで・・・と言いますが、そんな次元の事さえも。30代になってよもや・・・です。元々「堪え性のない」私が・・・。大晦日の夜はお風呂の中で泣きました。「辛かったよぉ~」って。

でも、泣くまでやれたのも家族を始め、まさぼんが自分を殺してまでサポートしてくれたお陰です。

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私の「一筋の風になる」という言葉にまさぼんは、「それが、これからのゆっちのやる事やで。転んでもただでは起きないゆっちやから、掴む物があったし、やれる事や。」と言います。

自分が経験したから何でも分かるなどと、おこがましいい事は考えていません。人の経験は「あくまで参考」ですから。ただ、掴んだ物はあったと信じています。

ただの情報源でも・憂さ晴らしでも何でもいいんです。お役に立てれば。

そして何度でも何度でも風は吹きます。道に迷ったら一緒に地図を広げます。その方の頭の中から「霧」が消え光が差すまで。

もちろん、私も完治に向かって歩を進める努力は怠りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「頑張れ」の言葉。 [健康]

昨日の記事を沢山の人が読んで下さり、暖かいコメントをいただき、ゴールまで行くぞと心も新たになりました。本当に有難う御座いましたm(__)m

そこで。病気になって初めて分かったことを一つ、書きたいと思います。

お題の「頑張れ」の言葉についてです。

日常、何となく使っていますよね?少なくとも私は使っていました。単純に「応援しているよ」って気持ちを一番伝えやすいオールマイティーな言葉として。

しかし、身近な人が精神的な病気になった・なりそう、または「心が疲れていそう(ストレスとか)」という場合には使わないであげて下さい。お察しの通り「頑張ったから」その様な状態に陥ったのですから。

私が感じたのは、病気になった事を自分で認識し始めた頃でした。当時は「過食症」の症状が強く出ていました。そこで職場の友人に話したのですが、以来「食べちゃわないように頑張ってね。」と言われるようになりました。もちろん、気持ちは分かります。有難たかったです。でも、自分の意識ではコントロールが出来ない病気。「食べないぞ」と頑張れば頑張るほど決壊して食べてしまった時の嫌悪感・惨めさが増すばかりでした。

そして「鬱」も強くなっていき、休暇を取るしかないと諦めがついてきた頃。狭いネットワークで繋がっていいる世界でしたので、話を聞き及んだ上司・先輩が電話を下さいました。その病気が何たるかを自分でも知らなかったので上手く説明できず、結果「あんまり考えるなよ。頑張れよ。」と電話は切れます。休暇に入った時には

「じゃぁ、どう頑張ったらいいのか教えてくれよ!」

と叫びたくなっていました。本当は「いい言葉」なのに、こんなにまで残酷に聞こえるんだ・・・。衝撃でした。何も考えずに使っていた自分も誰かを?

以来、目的・目標・終わりが分かっている事・・・「今日の練習試合」「運動会のかけっこ」「今日の試験」・・・でしか使わないようになりました。

生きているだけで、誰でも既に「頑張っている」のだと思います。アピールするかしないかの違いもあるでしょう。その(生活)スタイルを理解出来ないなぁって感じる人もいるでしょう。でも、間違いなく何かに頑張っていると思います。

いい人ぶるつもりはありません。「毒舌」はキャッチフレーズみたいなものですし(^^ゞ まさぼんには「意識しないで人を傷付ける名手」と言われていますし(>_<) だけど、自分なりに「人を見る」というとイヤな響きですが「弱い人」「痛いところは突かない」事を心掛けています。

かく言う自分は未だに「頑張るぞ!」ってダッシュして失速したり、空回りしてまさぼんに「頑張るポイントが間違っているわ~」と笑われていますが・・・(^_^;) まぁ・・・人に言われるのとは違うのよ。な~んて。本当は残酷に聞こえていた時期を越えたからです。

なんか、まとまりがないですが、上記の様な人には「充分に頑張ったのだから、休もう。」と根気よく声をかけてあげて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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