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リセットして・・・セカンドステージへ! [日記・エッセイ]

こんばんはっ[exclamation×2]

皆様、GWを満喫していますか~[グッド(上向き矢印)]



最後に記事を書いてから気が付けば1年経ってしまっていました[たらーっ(汗)]

読者数も減っていて・・・当たり前だよなぁ~と思いつつも、ちょっと寂しいです[バッド(下向き矢印)]


記事を書きたいなぁ~と思っても、レスも遅れてしまうのは目に見えているし、今まで以上に皆様の所に伺えないだろうと考えると申し訳ないし、心と時間にゆとりが持てない事も理由でした。




改めて、あれから・・・




震災の被害に遭われたお客様からの依頼に何とかお応えする事が出来てほっとしたところで、予期せぬ役目が増えました。


(去年の)4月から下の姪の若君が幼稚園に入ったのを機に、ひろちゃんが6月からパートを始めました。


面接の際に話したのでしょうが、どうしても残業の日が多くなってしまい、私が二人の姪の“お側用人”に就任しました。


そのうえ、余震が落ち着いたことから再開した、ママちゃんのサークルの[車(セダン)]送迎が週に2~3回入ることになりまして。。。



初めて“一人でお留守番”をすることになった、のんの将軍は元来のビビリ性もあり、真っ直ぐに事務所に来ます。

その後、30、40分すると若君が返って来るので“園バス停留所”までお迎えに行きます。直ぐ近くのなのですが、たまに忙しさに意識が吹っ飛びダッシュ[ダッシュ(走り出すさま)]で駆けつける事もしばしば・・・[バッド(下向き矢印)]

で、かしまし娘が二人揃った事務所は、そりゃ~~~もう仕事どころではないっ[exclamation×2]

更に、その隙を見計らってママちゃんの送迎ときちゃ~~~


まだまだ体力が付いていない私としては、

「仕事に集中出来なぁ~~~い!」

・・・のですよね[バッド(下向き矢印)]



で、そんなこんなの渦に巻かれ出して直ぐに“地デジ化切りかえ”がやってきました。

有難いことですが、予想を上回る“駆け込み注文”が入りまして、休みの日も部屋にこもって(普段もそうだけど^^;)商品の確保や現場の段取りを考えたりで、てんやわんやでした[あせあせ(飛び散る汗)]


ほっと一息ついてお盆を迎えて、後半戦。。。


お側用人の任は続くなか・・・


市の入札案件が偶然連続であったり、相変わらずあっちにこっちにという状態で「はて、私の仕事は何だろう?」と、ふっと考えることもしばしば[たらーっ(汗)]


そして、最後のトドメは、オヤジが“免許取り消し”になった事でした[もうやだ~(悲しい顔)]

主たる事理由はシートベルト装着違反でした。

もちろん、取り消しになる前に“免亭”がありましたが、彼のポリシーの中の一つに

“法律に背く事”

が有る様で、それをしっかり実践してくれた訳です[バッド(下向き矢印)]


まぁ~所持万端「I am low」で生きている人ですから、青天の霹靂ではありませんでしたが、仕事の面を考えると・・・

こぉ~のスットコドッコイ、大概にせいやぁ~[パンチ]

と、頭を抱えた様な次第でして[バッド(下向き矢印)]



それでも、駆け抜ける[ダッシュ(走り出すさま)]しかなくて年末まで“とにかく捌いで”去年の仕事納めを迎えました。





で、今年の始りは、比較的穏やかで、営業パンフを作ってみたり、[メモ]勉強してみたりで、頭の中だけが走っている状態でのスタートでした。

その後も、去年が大変だったせいか、特にあたふたする事もなく・・・ただ、オヤジが[車(RV)]の運転が出来ないので、出掛ける事が多くなった程度かな[あせあせ(飛び散る汗)]

M君も、たま~にご機嫌の悪い時には“お前は日本語が分からんのかいっ[パンチ]”と言いたくなる様な言動をしますが、仲良くやっていて、現場の話も沢山してくれ

♪上から~ゆっち~~サディスティックな奴め (AKB48:うえからマリコ、パクリ^^;)

を受け入れてくれています。

そうなれたのも、一昨年に[ひらめき]閃き?があった事が大きいと思います。

簡単な事なのですが、ある時、ふっと

[ひらめき]あ、そうか。どうして?なんで?って自分目線でしか見ないから苛立つんだ。とにかく“M君はこういう人”って全部受け入れちゃえばいいんだ!

って思ったんですよね。

そこで、“○○して欲しい”と思った時に、M君だったらどういう表現が飲み込みやすいか・受け入れやすいかを改めて想像してみたり、話してくれる事を全部否定しないで聞いたり、やって欲しい事もまずは自分でやっている姿を見せる→もっと報告をして欲しかったら、自分がオヤジに細かく報告している姿を見せるとか。

あとは、意識をして「ありがとう」「ごめんなさい」を言う回数を多くしてみたり。

そんな結構普通の事なのですが、あとは・・・バカとハサミは使い様・・・豚もおだてりゃ木に登る・・・かな^^;

バカにしてる様ですが、結果オーライという事で[グッド(上向き矢印)]



・・・と、ここまでは、表面的なご報告がてらの話で。。。




☆.。.:*‥°.:*‥°.:*.:*‥°.:*‥°.:*.:*☆.。.:*‥°.:*‥°.:*.:*‥°.:*‥°.:*.:*☆.。.:*‥°.:*‥°.:*.:*‥°



プライベートの面では・・・[もうやだ~(悲しい顔)]泣いたねぇ~~~。



某芸能人が離婚会見で言っていましたが


人生で起こると想像していなかった事


が私にも連発しました。



心の中の一番太い柱が、だるま落としでスコーンと駒を抜いた途端に崩れる様に折れてしまいました。


愛されている事は疑わなくても、母を“親というスタンス”で見られなくなりました。



もちろん、人間関係や物事に10対0ってことはありません。自分にも原因や理由はあります。

でも、分かっていても、胸は痛みました・・・いや、今もそこに気持ちがシフトすると痛みます。


もう、人と係わりたくない・人に心を開くのはやめよう、何て考えましたし、そんな気持ちを隠してケラケラ笑いながら仕事をしなくてはならない環境が重たくなって「全部放り投げて逃げてしまいたい」と思う時も少なくはありませんでした。


だけど。


「死にたい」という考えは浮かばなかったのですよね。

逆に「とにかく前に!」って言うんです。自分の中の何処かに生まれていた自分が。


ふしぎだなぁ~って思いましたが、“これが病気が良くなったって事”なのかなと思いました。


事の大小は比べられないけれど、やり切れなが募った時・デットエンドに立ったと感じた時は死のうと思ったし、実際に薬を多量に飲んだ事が2度ありました。



なのに、いつの間にか脳が勝手に“死ぬ”じゃなくて“とにかく前を向け”ってサインを送ってくる。


へぇ~~~人間ってスゴイんだねぇ!


アメリカの某医学博士が「病の中で一番恐ろしいのは心の病気だ」と言っていた意味を改めて痛感しながら、振り返ってみると・・・



たかちゃん先生に診察してもらうようになって直ぐの頃・・・

当時は鬱だけではなくて、過食症も併発していたせいか

「このままでは死にますよ」

と、病気を受け入れられない母に言った先生の声が、まるで自分じゃない誰かの噂話をしているように聞こえて

ふぅ~ん、こんな感じでも死ぬのか。意外と人間ってあっけないもんなんだなぁ~。


なんて、どの部分がそんなに危険なのかも、どんな病気かも解出来ないままで治療がスタートしたんだっけ・・・。


それから


先生の猛反対を押し切って働き出して、長いスパンで考えたら治りを遅くしたのかもなぁ。

その他、色々と先生の言う事を聞かずに困らせたなぁ。


だけど、見えた事も多かったし、少しは学んだ事もあった・・・と思う。



そんな折に、震災があった。

被災したと言うにはおこがましい軽度だけど、崩れ落ちてくる瓦の下敷きになりそうになって、打ち身を負った。

てんてこ舞いの生活になって、潰れてしまう[バッド(下向き矢印)]・・・折れそうになった時、ある人に気付かされた。


「よぉうく考えてみな。死ぬって言われて自分でも死のうとまでしたのに、ここまで来る事が出来たんだよ。どんだけ辛かったか振り返ってみなよ。その苦しみを乗り越えて来たんだよ。初めての経験だしパニックになるのも当然だけど、生活の辛さで言ったら比べ物にならないでしょ。大丈夫。今だって絶対に出来る」


そうだ。先の見えない、自分の意志では抗えないブラックホールの中でもがいていた事と比べたら、今の状態ははるかにマシだ。

そうだ。縁あって生きているし、病気も良くなったんだから、あの頃より戦えないはずはない。



“のど元過ぎれば熱さ忘れる”になっちゃってたのかな・・・


うん。折れるもんか[exclamation×2]


目に見えている事なら立ち向かえるんじゃないかと勇気が沸いた瞬間だったと思う。


それから、話が前後しますが、上段に書いた様に、駆け抜けて・・・



今。


未熟ながらも、二代目社長が誕生しました。


前から暗黙の了解でしたが、娘可愛いとは言え、そこはシビアに去年、最後のハードルを置かれました。



「お前の考えで仕事を回し、帳簿を付け、やって行けるか見せてみろ」


そして、結果は1~2割家計とのリンクを入れても“暫定黒字”に(企業や役所の支払い日の関係で)する事が出来、決済が下りたのです。


ガッツポ~~~ズ[手(グー)]

はぁ~良かったと安堵しましたが、時を移さず、潮が満ちてくる様にでジワ~っと、初めての類の“責任”が押し寄せてきて・・・相変わらず右へ左へ彷徨いだした心ですが・・・


自分はどうしたいのか

自分は何をしなければいけないのか


が、ハッキリしました。


一番大きな事は。

もう今迄の様に、曖昧に・避ける・誤魔化す事で“いい人でいよう”としてた自分からいい加減大人にならければいけないと。


私個人の生活を守るんじゃないから。


きっと、オヤジも色々な場面で、シビアにならざるを得なかったり、リアルタイムには理解してもらえない決断をしてきたのだと思う。


無口な彼は愚痴も言わない代わりに説明も余りしなかったから、時に反感だけをぶつけてしまったっけ。

私に対しても、仕事のやり方とか何をするべきがとか、ほとんど言わなかった。

でも、間違っている事は「間違っている!」と、顔を鬼瓦の様にしてまで私が理解出来るまで言ってくれる。

“愛の鞭”ってやつだろうし、“冷や酒と親父の小言は後からきく”って本当だ。




それから。

去年から今年にかけて泣いて泣いたことで心に願いと約束をした。


豊かな人になりたい。

向き合っている人の心に常に真摯である様に。






2.3年前までの病気の症状があった13.4年間の私の生活は、小さな社会の中ででしたが評価してもらえる仕事が出来ていても、いい事があっても“自分の中に自分がいなかった”から空白ですし、これからも空白のままでしょう。

金銭的なことでもないから埋め合わせる事も出来ません。


でも、埋め合わせる必要はないかなぁ~て。
駄目は駄目なりに一生懸命で、その頃の私にはそれしか出来なかったのだし、振り返る事は出来ても、道は戻って直せないから。



だから・・・



今迄の事をリセットして、自分の中に戻って来た自分でセカンドステージの始まりです。



家族を始め、この場所でも励まし・応援して下さった皆様への感謝の気持ちを胸に、良い道を敷いて行こうと思います。




今の心持にピッタリかなぁ~と思う曲を良かったら聞いてみて下さい。





これからもブログは続けて行きたいと思っていますが、ちょっと手軽なツイッターも始めていて、ポツポツつぶやいています。

良かったらお相手下さい。

http://twitter.com//yucchi315


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あれあれGWだよ。 [日記・エッセイ]

こんばんは。
毎度ご無沙汰しております。
そして、毎度皆様のところに伺えずにすみませんm(__)m

前記事で、サッカー選手に感動をもらってから・・・


お陰さまで忙しいゆっち電気ですが。

こんな時に限って?珍しい事にM君がクレームを起こし、最終的には私もお客様宅へ伺って、三つ指ついてお詫びしました。何かと話しているうちにご理解を頂けて次の仕事も頼まれて、ほっと一息。とっぷり夜は更けていた[バッド(下向き矢印)]

今年になって、[mail to]のやり取りをするようになったお得意様が、私はどんな人?と言っているとM君に言われ、急遽事務仕事を放りだして現場の打ち合わせに同行。

震災の罹災証明願いを出すために市役所に行き、対応が間に合わないと言われて、自分で被害個所の[カメラ]写真撮影。

肝心な事には無口なオヤジとM君からそれぞれがやっている仕事を聞き出して、まとめたり・日程の調整。

あれやこれやの交渉や手配で問屋をイジメ^^;

ご飯を食べようと思っていると、電話があって、冷めたご飯を「いただきまぁ~す[もうやだ~(悲しい顔)]」ってことも何度か。


もぉ~メモ[メモ]にまみれてって状態でした。


そんなこんなをしている時に、4月11日の大きな余震[どんっ(衝撃)]
震度5強でした。
慌てて部屋から下の車庫へ下りたのですが、開けたままのドアから、部屋の中で食器触れる音が良く聞こえて、本災の日を思い出してしまいました[ふらふら]
その後、1時間内で震度3~4の余震が断続的に続き、もう逃げる気力も萎えてしまって、ただ部屋で怯えていました[たらーっ(汗)]


その後。

案に反して、“この際、●●を見直したい”とい企業や団体さんが出てきて、オヤジと出向いて調査して見積もりを作ったり。

今年度からママりんが付けている帳簿とは別に、家計とリンクしない帳簿を付ける事になり、ママりんに出す今までの帳簿と2つになって、「んがぁ~~」

M君がクレームを受けたお宅の集金に行って、イヤな事を言われて、私に八つ当たり[むかっ(怒り)]完全上命令形で、(それはダメでしょ^^;)って事を言われて・・・「そんなの良気に計らってこいや[ちっ(怒った顔)]」って言いたいのをぐっと我慢。

ママりんのサークルも再開しているので[車(セダン)]送迎。


まぁ~~~疲れたっ[exclamation×2]

毎日、栄養ドリンクを飲んでしまっています[あせあせ(飛び散る汗)]


そんな中、友達から「桜、咲いた?」って[mail to]があったんですね。
えっ[exclamation&question]って思いました。

桜が咲いたかに気が全く向いていませんでした[バッド(下向き矢印)]
そう、庭のチューリップが咲いたかな?とか毎年考える様な事が何一つ浮かばなかった。

やっと周りを見渡したら、桜は散り際でした。

とても残念だったとガッカリして・・・あれ?


自然に失意に落とされたのに、自然に癒されることを変わらず望み喜べる。

不思議だ。

人間の心の様な作為がないからなのだろうか?

深く考えると哲学の道に入り込みそうなお題だな・・・やめとこ^^;


って、なことで、気が付いたらGWになっちゃったよっ[exclamation×2]

休みはきちんと決まっていませんが、もちろん?寝る・飲む・夜更かし・読書三昧になるでしょう[あせあせ(飛び散る汗)]

関係ないようだけど、傍から見たら、“午後出勤で良いご身分だことって”思われているんだろうなぁ~って、よく考えます。
自分でも今一番歯がゆいのは体力がない事。
だけど、震災後は薬を変えたのに変えたのにAM3~6時頃まで寝付けない日が特に多いです。
たかちゃん先生は、今は薬のせいではなく、震災の影響やキャパを超えた疲れや緊張のせいだと言っています。そして、「今は踏ん張れ!」と。

うん、そして踏ん張った・・・と思う。


だから、いいよね。

GW中の休みの日はオフタイムにしてもいいよね。


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涙ぽろり。:東北地方太平洋沖地震 [日記・エッセイ]

昨日あった事を書こうと思っていましたが、それは次の記事にする事にして。。。


今日は、震災復興のためのサッカーのチャリティーマッチがありましたね。


試合前の日本代表の挨拶で「いつも、自分達は皆さんに応援していただいて頑張ってこられました。だから今度は自分達が応援したい」というような事を話されているのを聞いて、じーんとしてしまいました。

精一杯頑張っているいつもの彼らの姿に勇気を貰えるのと同じに、その熱意をもって応援されているというのもこれから頑張って行く勇気に繋がりますよね。


試合が始まって、日本代表が先取点を挙げた時に、集まった選手が腕に巻いていた喪章を外してガーっと天に掲げる・・・
きっと哀悼の意は届いたと思いながら、うるるる・・・

その後、サッカー音痴の私には技術的な事は分かりませんでしたが、真剣勝負のスポーツマンとして出来る熱意に画面に見入りながら・・・カズ選手の出番を“まだか?”という気持ちで待っていました。

体の管理も相当な努力をされている現役最年長であり、若さにかなわないスピード面を技術や計算、それと信念で頑張っている“サッカー人”として、リスク?困難に?立ち向かう気迫を一番理屈抜きで現わしてくれると思って。。。

後半。やっとメンバーチェンジでピッチ入りしたカズ選手。

まさに、祈る様な気持でした。

そして・・・ゴール!
「わぁ~~!」っと一人ガッツポーズと拍手。

“キング”だねぇ~。

色んな意味で良かった、見て良かったよ!!!


試合後。。。
カズ選手の(言葉は正確ではありませんが)「人間は困難にぶつかりながらも克服してきた」「明るい気持ちにはなれないかもしれないけど、明るい事がなければ頑張れない」って言葉に頷いた。

そして、テレビの前ではなく、天国で試合を見ていらっしゃる方々の多さを改めてリアルに感じて、涙がぽろり。。。



カズ選手の言葉の通りに、人間の歴史は困難を・悲劇を乗り越え、克服する事の繰り返しだったのではないか?と思います。


遡ってみた近代の日本の歴史で、私に少しの知識を与えてくれた戦争の事。

日露戦争では寒さで歯が立たなくなったご飯をなんとか齧りながら、防寒着も与えられず雪の中を延々行脚したり・・・
太平洋戦争では、狂気としか思えない様な作戦が幾つもあったうえ原爆の被害を受け、それこそ東日本・西日本なんてない国全体の先の読めない復興に陥って・・・

祖父母から親世代が担った現代よりも物もない、便利な家電品やレトルト食品携帯もない・・・私達世代には想像もつかない我慢と努力の時代だったでしょう。

でも、日本はここまで来た。

高度成長もメイド・イン・ジャパンの価値等も、”無から有を生む”ハングリー精神や古から組み込まれている“日本人”が築きあげたのですよね。

そのDNAは絶対に受け継がれていると私は信じます。

環境に埋もれて眠っていたDNAがあったとしても、きっと目を覚まして、震災地・被災者の枠を超えた“復興=日本の立て直し”に進めると信じています。


一つずつ。
一歩ずつ。

涙の数も減らして行こうね。


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ここで私は:東北地方太平洋沖地震 [日記・エッセイ]

こんばんは。

地震の日から9日が経ちました。
当日は金曜日でした。
メチャクチャになった部屋の中を土日で取り敢えず住める様にしようと片付けに入りました。
がたがたやっていると・・・片付けていてレンジ台から投げ出されたオーブントースターと炊飯器が壊れていて、壁板の剥がれもまた1枚にコンセントが飛び出ていて(誰だ、配線した奴は!?)・・・その他ちょろちょろ・・・
凹むぅ~(>_<)

でも、何とかまとめて、月曜日からは仕事に入っています。
体力的にも精神的にもメッチャしんどいです。
余震もあるから、緊張が切れないですしね。
寝込みたい・・・いや普段だったら完全に寝込んでいる。

だけど、そんな事は言っていられない状況。
あまり好きではないのでけど、栄養ドリンクをまさに「ふぁいとぉ~~~いっぱぁ~~~つっ!」と・・・言っていはいないけど^^;そんな勢いで飲んで気合いを入れています。


以前にも書きましたが、災害時に忙しくなる皮肉な職種の一つの電気屋。
地震の翌日の土曜日から事務所[電話]は鳴り始めて、部屋の片付けをしながら[電話]を取って[メモ]メモを書いてオヤジに報告して、順次対応させて頂いています。

なのに、この状態だから品物が入りにくい。
早く仕上げなくちゃ!焦る気持ち。

だけど、頭の奥の方で金銭的な部分を考えている・・・。

今年は年明けからいい仕事が決まっていて、幸先いいなぁ~って考えていたのに、地震の影響でほとんどが見合わせになってしまって、当たり前だと分かっていても、つい残念な気持ちが浮かんでしまう。

それに加えて、実家と長屋の瓦の修理・・・。
親にどれだけ貯えがあるか、どれだけ費用が掛るか正確な事は分からないけど、お金で援助が出来ない分、仕事の方で何とか埋め合わせをしたくて。

さもしいね。
何か自分のちっちゃさを感します。

こんな時は仕事の大小とか儲けではなく、“安心した”と思って頂けることが一番の役目なのに。

経営に神経を傾けているうちに、商売の根本を脇にどけてしまっていたみたいだ。
そんな基本も分からなくなってしまう奴はやめちまえ!・・・額をピシャっと叩いた。

地震が起きてから掛って来た電話の中には、初めての方もいます。
お付き合いのあるお宅が紹介して下さった方もいました。
“石を投げれば電気屋にぶつかる”と笑い草になるようなこの市で。


そして、気持ちが少し落ち着いて映し出される地震の当日。
いつも笑顔のおばさんの見た事もない血の引いた様な表情。
「ゆうちゃん、車に乗ってた時だったから怖かったよ!」
「ゆうちゃんは(瓦の残骸の片付け)やらなくていいよ、休んでいなよ」
「怪我しなかった?」
近所の瓦屋さんでは対応しきれなくなってしまい、うちに職人さんを紹介してくれと頼みに来る方。

ここに住んでいるんだ。

馬鹿みたいだけど、住んでいることがリアルに感じられて、今までとは違った自分の町が見えた。

高齢者の方が多い町内。
私でさえも若い者のうちに入る。

ここで私はやるんだ。

日本規模の復興のためには何も出来ない。
でも、ここで“町の電気屋”として“動ける若い者”として目の前の人達の笑顔を見られる日を目指そう。

忘れられない怖さは忘れられるまで引きずっていったらいいんだ。

でも、私は笑おう。


今日のおまけの歌は、福山雅治さんの「明日の★SHOW」です。
♪この場所で戦うよ 倒れたって何度でも立ち上がれ・・・♪



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その時に分かる事:東北地方太平洋沖地震 [日記・エッセイ]

昨日の東北地方太平洋地震、皆様がご無事でいらっしゃる事を願い、また、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

そんな私も、被災者と言うのはオーバーなのかもしれませんが、怖い思いをしました。


昨日3月11日午後3時過ぎ。

事務所で業者さんと父とお茶を飲んでいました。
ものの5分と経たないうちに、揺れが起こりました。

前の二日間、軽い地震があったし、その揺れも似た様な緩やかなものだったので、“またか・・・”という気持ちで3人とも笑っていました。

しかし、揺れは収まるどころか次第に強くなってきました。

あれ?・・・変だね・・・今回はちょっと大きいみたいだね・・・
何て言いながら、きょきょろと外を見てみると、事務所の脇に止まっている軽自動車が揺れている。
あぁ~やっぱり大きいね。

なのに、眺めていると

やっと業者さんが「社長、外に出た方がいいよ!」と席を立ちました。
それでも、まだ顔には苦笑が浮かんでいました。

大袈裟じゃない?と思いながらも、一歩遅れて私とオヤジも事務所から出る事にしました。

スニーカーを突っかけてストンと外に出た私は、トントンと爪先を地面に打ち付けてちゃんと履きながら、向かい側に立っている長屋(私の住んでいる所)近くまで進んで行きました。


その時

揺れが大きくなりました。

まるで感じた事のない怖さです。

地面が“魔法のカーペット”の様にゆんらゆんら。

(何これ!?地面ってこんなに揺れるの!?)

そう思いながら、無意識でしたが長屋を見上げたら・・・


ガッツンッ!!!

屋根の一番上に横棒みたいに走っている瓦の、9段も積まれている“グシ”とこの辺では呼ばれている部分が倒れました。
うちの長屋は下の車庫の部分が仕事の関係上、少し高めに建ててあるので、通常で言うと2.5階位の高さになります。

なので、“倒れた”感が大きくて。

まさか・・・瓦が倒れるなんて・・・

信じられない、いや信じたくない

でも、実際にグシは倒れて、それが二階の屋根に落ち始めました。

砕け出した瓦は、裏側のオレンジに近い肌色が見えて、人間の手でわざと思い切り転げ落としているみたいな鮮やかさで傾斜を下っている。

映画やドラマでは何度も見た事はありますが、目の前で繰り広げられている様子に揺れも感じない位に頭が真っ白になってしまい、足がすくんでしまいました。


瓦が一階の屋根まで落ち始めた時、ハッと我に返って

マズっ!!下敷きになる!!!

咄嗟に踵を返した瞬間、転んでしまいました。


慌てて降り返ると、瓦は1階の屋根に届き始めていました。

細かな欠片が降って来る・・・


いやぁ~いやぁ~~!!!


珍しく女性っぽい叫び声を上げながら、腕の力を使って体を引きずる様に何とか数メートル進む事が出来、小さめな物が幾つかぶつかった程度でした。

しかし、ほっとする隙もありませんでした。


揺れは更に大きくなっていて、立とうにも立てません。アスファルトを掴めるものなら、爪が食い込むほど掴んでいたでしょう。
手に精一杯の力を込めて地面にしがみつきました。

そして、視線の先にある長屋の下の車庫に目を移すと・・・

車が踊っている。

オヤジのベンツ、軽い方じゃないのに、タイヤが地面から離れるくらいの勢いで。
もひろん、M君のも私のプーちゃんも・・・
(電気でわざと車を躍らせる仕組みがありますよね?動き方はそれと同じでした。)

動けない・見ているしかない状態で、(お願い!それ以上動かないで。ローンだけ残してプーちゃんを壊さないで!!)さもしい様な気がしますが、食い入る様に見詰めてただ懸命に祈りました。


それから数分後、ようやく揺れが収まりました。

でも、怖さの余韻で放心してしまい立つ事が出来ません。
目の前にばら撒かれている瓦の残骸に釘付けになってしまい、頭の中では、落ちてくるシーンがスローモーションで繰り返されていて・・・

何とか立ちあがってみたものの、足に力を入れている事が出来ずにへなへなと座り込んでしまう始末。

もう、どうなっちゃうの?
ただただ不安で、逃げ出したい・・・。


それでも、いい加減にオヤジに叱咤され、(既にオヤジが行った後だけど)実家の様子を見に行きました。
さぞかし慌てているだろうと想像していたのに、ママりんは「いやぁ~凄かったね!もう、ダメかと思ったよ」と笑いながら言っている・・・人生は偉大だ!

そんなママりんを見たら、ほっとしたのと少し緊張が緩んだのとで、“ふぇ~~~ん”と泣いてしまいました。

涙が引いて長屋に帰ると、数分後にのんの将軍がが学校から無事に帰宅しました。
かおり若君もひろちゃんも無事で、良かった!と一息ついていると、余震が来ました。

数度目にちょっと大きな余震が来て、おんな4人は抱き合って行き過ぎてくれるのを待ちましたが、のんのはわんわんと泣き、さすがに気丈なひろちゃんも涙目に。


その後、余震のスパンが長くなったのを機に・・・

まずは車を見に行ってみると、プーちゃんの後部ナンバープレートの下側にM君の前部のナンバープレートが重なってしまっていました。これは・・・オヤジの指示に従って、プーちゃんを前に出して強引に引き離しました。もうちろん?下から食い込んだ方のM君の車のバンパーに軽く傷が付いていました。(でも、離れて良かった!)

それから、勇気を出して?部屋に上がって見ました。

いや・・・これまた唖然としてしまいましたが、あれだけの揺れだったのだから仕方ないか・・・

食器棚の扉は全開で、中の食器は98%放りだされて、たいがいが木端微塵に。
大好きなピーターラビットやウェッジウッドや何やらの食器・グラスがぁぁぁ。
冷蔵庫は古い物だけど、冷凍庫の扉があいて、冷食がやはり放り出されていました。
テレビ台は95度動いて、本棚も倒れて、箪笥・クローゼットも動いてしまっていました。
台所は炊飯器やオーブントースターは床に落ち、足の踏み場がなく、浴槽には密接している脱衣所の戸棚に置いてあった物が入っていたり・・・。
壁の板も2枚はがれ、コンセントも一つダメになりました。(→これは自分で直せるから良かった!)

もう、どこから手を付けていいのか考えて行動する気力も無くなってしまったので、その日は早速修理をお願いした瓦屋さんとM君に残骸の片付けを手伝ってもらい、事務所の最低限の片付けをして、被害の軽い実家に避難しました。

夕飯を食べながら膝をつくと痛いので、ジーンズをまくって見ると両方とも転んだ所が大きな痣になっていて、次には立ち上がる時に「痛ててて・・・」→若干の打ち身?
あの時は痛さも感じなかったのにね。

そして布団に入ってからは、枕が変わっただけではなく余震が多く緊張して、お酒も飲んで、睡眠剤も飲んだのに眠気すら起きませんでした。



報道では、明治以来の観測史上一番の規模の地震だと言っているので尚更なのでしょうが、まさか災害の少ないこの県に住んでいて、こんな経験をするとは想像もしていませんでした。


そして。


大きな地震の報道がある度に、映像や被災者の方々のコメントを聞いたりしてきましたが、本当の怖さを全く分かっていなかった自分に気が付きました。

例えば、“余震が怖くて落ち着かない”という点。
(地震が小さくなったのだから、気持ちは楽になるんじゃないの?)と、どことなし疑問に思っていましたが、とんでもない!!!
フルっと揺れるだけで、本震の怖さがフラッシュバックされて心拍数がズンと上がります。
本震が何度も続くわけじゃないよと分かっていても、信じられません。

瓦の崩れてくる様子や、散らばった欠片を眺めている自分の姿も当分頭から離れる事はないでしょうし。ぐちゃぐちゃになった部屋の中も二度と見たくない光景。

たかがこれだけの被害で“悪夢だ”と思ってしまうのに、津波や建物の崩壊が起こったら?

どんな事でもそうなのかもしれませんが、その時に、”自分の身に起こって初めて本質を分かる”というのは、こういう事を指すんだ・・・身に沁みました。

電気も水も好きに使える・ぼんやりとテレビを見て過ごせる宵・ゆっくりとお風呂に入れて・穏やかな気持ちで布団に入れる・・・平凡な生活がこんなにまで憧れの念を起こさせるとは。


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